2024年 夏の文庫特集号
<本の〝お祭り〟を楽しむ!>
今村翔吾さんが文庫を買う!

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大学生3人が文庫を買う!

読者へのメッセージ/文庫読みどころ紹介

 週刊読書人2024年8月2日号は、毎年恒例、年に一度の「文庫特集号」です。本サイトでは、その中から一部記事を無料で公開!

 今年の「文庫を買う」には、直木賞作家の今村翔吾さんにご登場いただきました。また、今夏注目の各社の文庫本をご紹介する「読者へのメッセージ/文庫読みどころ紹介」、「大学生3人が文庫を買う!」企画も掲載。暑い夏のおともになるような文庫本と、本サイトで出会っていただければと思います。(編集部)

★いまむら・しょうご=歴史小説・時代小説家。ダンスインストラクター、作曲家、守山市埋蔵文化財調査員を経て、二〇一七年『火喰鳥羽州ぼろ鳶組』でデビュー。『八本目の槍』で第四一回吉川英治文学新人賞、第八回野村胡堂文学賞を受賞。『じんかん』で第一一回山田風太郎賞を受賞。二〇二二年、『塞王の楯』で第一六六回直木三十五賞を受賞。若者に読書や言葉の大切さを伝えることなどを目的とした一般社団法人ホンミライの代表理事を務める。著書に『童の神』『イクサガミ』『茜唄 上・下』『海を破る者』など。一九八四年生。

 

●永井紗耶子『絡繰り心中 〈新装版〉』(七八一円・小学館文庫)
 僕は平成二〇年くらいまでに刊行された歴史小説や時代小説は、ほぼほぼ読んでいます。でも、作家を目指して以降は、歴史小説を読む量が明確に減った。読まなくなったというより、読めなくなったんです。令和になって以降は、抜け落ちが結構ある。せっかくだしこの機会にと思って、歴史小説から永井さんの『絡繰り心中』を手に取りました。
 永井さんとは知り合いなのですが、人柄も読みものも大好きなんです。ぱっと見は僕と全然タイプが違うけれど、感性的な部分や考え方には通じるものがある……と勝手に感じています(笑)。直木賞を受賞した『木挽町のあだ討ち』は読みましたが、この作品は読んだことがないので気になりました。

 ●岡本綺堂『傑作時代小説 江戸情話集 新装版』(九〇二円・光文社時代小説文庫)
 これは読んだことがあると思う。最初に収録されている「鳥辺山心中」とか、見覚えがある。中学か高校くらいの頃に買った気がするけど、今手元にないので選びました。
 僕は最近、時代小説や歴史小説を世代別に分けて話すことがあります。第一世代はそれこそ直木三十五とかで、第二世代は吉川英治など、第三世代が藤沢周平、司馬遼太郎、池波正太郎です。岡本綺堂を分類するなら、第一世代になるんやないかな。
 歴史小説って、実は小説よりも歴史が古い。小説が生まれて、いちジャンルとして歴史小説ができたと思っている人が多いかもしれません。でも本当は、歴史小説から小説が始まったと言っても過言じゃないんです。  講談の理屈で考えると歴史小説という分野以外、小説ってほぼなかった。もちろん、体系的な難しさはあるんやけど。どちらにせよ、歴史小説が大衆文学の基礎というのは間違いないです。
 岡本綺堂は講談がベースだった時代に活躍した人なので、その作品は今のドラマに通じる面白さがある。そういう部分も読者のみなさんにも知ってもらって、読書をより楽しんでいただければと思います。

 ●『曹操・曹丕・曹植詩文選』(川合康三編訳、一五八四円・岩波文庫)
 これはもう、単純に資料として役に立ちそうだったから。曹操、曹丕、曹植の詩文と注解、さらに諸葛亮「出師の表」も入っているみたいですね。この三人は親子で、曹操が父親、曹丕が長兄、曹植は第五子です。政治家・軍人にして詩の才も非常に優れた一族で、有名なのは曹植の「七歩詩」。七歩進む間に詩を作らなければ死罪だと曹丕に脅され、曹植がつくった詩です。
 今まで僕の目に触れなかっただけですが、この三人の詩をまとめて読める本があるとは驚きました。「誰が読むねん!」みたいな本を粛々と出し続けているのが、岩波書店のいいところです。悪い意味じゃないですよ(笑)。誰が読むか分からなくても、どこかの誰かは読む。そういう本を出し続けるのは、本当に大切なことです。

 ●浅倉秋成『俺ではない炎上』(八五八円・双葉文庫)
 僕はビブリオバトルを主催をしている活字文化推進会議の委員を務めていて、その関係でビブリオバトルのイベントに、ゲストとして呼ばれることが多い。『俺ではない炎上』は僕の体感で、二〇二二年のビブリオバトルで学生がいちばん紹介していた本やないかな。聞きすぎて、あらすじや読みどころがだいたい頭の中に入っているレベル(笑)。でも、なかなか実際に読む機会がなかったので、これを機に選びました。図らずもビブリオバトルの効果は大きいんやと、身をもって体感できました。

 ●寺地はるな『やわらかい砂のうえ』(七七〇円・祥伝社文庫)
 正直、寺地さんの作品は『水を縫う』以外は読んだことがないかもしれません。歴史小説、時代小説ばっかり読んできたので、一般文芸や現代小説、海外作品にほとんど馴染みがないんよね。でも、寺地さんの作品はよく本屋大賞の候補作になっているし、作家同士でおすすめの本の話をしていると、寺地さんの名前をよく聞くので気になっていまいした。あとは、井上荒野さんが帯に推薦文を寄せていることも選んだ理由のひとつ。小説に真摯な荒野さんが褒めているなら、いい作品なのだろうという信頼があります。
 出版において、口コミはSNSや広告よりも強いと、僕は思っています。さっきのビブリオバトルがいい例やけど、「○○が紹介していた本」という刷り込みは後々効いてくる。「出版業界が苦しい中で、何かできることはありますか?」と読者に聞かれると必ず、「この本めっちゃ面白いよ!」と友人に勧めてほしいと答えています。

 ●沢木耕太郎『深夜特急1 香港・マカオ』(六九三円・新潮文庫)
 沢木さんの本に目がとまったのは、理由があります。朝日新聞の朝刊で僕が「人よ、花よ、」を連載中、沢木さんは別刷りで「暦のしずく」を連載していたんですね。その時に、沢木さんから大変丁寧なメールをいただいた。大ベテランである沢木さんからの突然の連絡に、もう僕はびっくりですよ。噓やん!って(笑)。そういう背景もあって、この本を手に取りました。
 『深夜特急』は名作ですよね。読んだことはあるけれどだいぶ前なので、今だとまた違った感覚で楽しめるかもしれない。初めて読んだのはいつやったかな……中学生の頃、いとこに勧められて図書館で借りた気がする。僕並みかそれ以上に本読みのいとこがいて、歴史小説以外のジャンルの本は彼女にすすめてもらったものが多いです。畠中恵さんの『しゃばけ』シリーズも彼女から貸してもらって、バスの中で読んだ記憶があります。

 ●ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの 【新版】』(池央耿訳、八八〇円・創元SF文庫)
 隠すことでもないけど、僕は翻訳作品をほとんど読んだことがない。読書人生の中で、0.1%あるかないか。翻訳書に限らず小説全般にいえることですが、本には合う/合わないが絶対にあります。作品が上手い、下手以上に、文体やリズム、表現が自分に合うかどうか。読書において、非常に重要な感覚です。
 しかも翻訳書は、著者はもちろん訳者も大切になってきます。僕の場合は、何の作品か忘れたけれど、初めて読んだ翻訳書の訳のリズムがしっくりこなかった。なんというか、無味無臭の訳で目が滑ってしまったんですね。それ以降、限られた時間で読む本を選ぶにあたって、海外作品からは必然的に手が遠のいてしまった。
 その中でこの本を選んだのは、まず『星を継ぐもの』というタイトルが気になったから。タイトルや紹介から内容を予測させるのは、小説の基本です。月面で発見された5万年前の死体、『星を継ぐ者』とは、どういうことなのか。しかもタイトルの上に、「星雲賞受賞」と記されている。SFに本当に疎い僕でさえ、星雲賞が超有名なSF賞だということは知っています。「名作」だと帯にも書かれているので、これを機に読んでみようかな、と。
 ただ、若い世代に最近よく言っているのですが、「合わへんな」と感じた本は無理に最後まで読もうとせず、パッとやめて次の作品に行った方がいい。日本人は最後までやり切らなあかんと考えがちだれど、読書はその限りではない。食べ物と違って、本は残してもいい。こんなにたくさんの本があるんだから、今その作品にこだわる必要はないんです。捨てろって言ってるわけじゃなく、合わへんと思ったらいったん置く。そして、読めるタイミングが来たら読む。これは読書の一つの選択肢として、気軽に使うべき方法です。

 ●原田ひ香『ギリギリ』(七四八円・角川文庫)
 僕は「秘境の文筆家プロジェクト」を宮崎県椎葉村で行っていて、原田さんは宮崎本大賞を『三千円の使いかた』で受賞されています。椎葉村繫がりで原田さんの名前を耳にすることが多く、また、秘書が原田さんの『古本食堂』を読んでいたので、いつか読んでみたいと思っていました。
 この本は表紙が食べ物のイラストやから、食べ物や食卓や家族が話に関係してるんかな。全然違ったらすみません。食べ物の描写は難しいけれど、小説を書くうえで絶対やらなあかんことのひとつです。小説は、文字だけで五感に訴える必要がある。匂いや音、色、食感などが必要な食べ物の描写は、その作家のうまさを測るひとつのバロメーターになります。

 ●瀬尾まいこ『戸村飯店 青春100連発』(七三七円・文春文庫)
 瀬尾さんは奈良在住で、僕は実家が近くて親近感があります。この本を選んだのは、書棚に並んでいる時に表紙――これ表紙じゃなくて、でかい帯か――帯が目を引いたから。幅の広い帯を使った巻きなおしは、最近流行りやな。表紙よりほんの少し縦幅を小さくして、帯だけど表紙風にみせる。ドラマ化とか映画化されたときに、よくやる方法です。実際に、僕は帯を見て面白そうと思ったので、出版社の作戦勝ち(笑)。瀬尾さんの作品は間違いなく面白いだろうという、作家買いみたいなところもありますけどね。

 ●木村哲也『『忘れられた日本人』の舞台を旅する 宮本常一の軌跡』(一〇七八円・河出文庫)
 これは純粋に、内容が面白そうだったから。目次の「世間師に会いにゆく」とか「それぞれの「土佐源氏」」とかが、めちゃくちゃ気になる。民俗学、好きなんよな。小説以外で一番読むジャンルかもしれない。
 さっきの『曹操・曹丕・曹植詩文選』も、こういう民俗学的な本も、資料というよりは、読み物として楽しみながら目を通すことが多い。それが自然と教養や雑学として頭に入って、僕も意図しないような部分で小説にも活かされていくんです。知識として持っておくことで、どこかで繫がって、自然と小説に厚みがうまれていく。「民俗紀行」と帯で紹介されているので、今でいうルポに近い形の本かなと予想しています。

 ●知念実希人『真夜中のマリオネット』(九二四円・集英社文庫)
 集英社のナツイチ企画の目玉のひとつとして、僕の直木賞受賞作『塞王の楯 上・下』を選んでいただいているので、他にどの作品が推されているのか気になっていました。『真夜中のマリオネット』を選んだのは、知念さんの作品をいくつか読んだことがあったのと、声優の津田健次郎さんが一部を朗読されているというのが気になったからです。津田さんの声、カッコよくて好きで。自分の作品がアニメ化されるなら、声優をお願いしたい(笑)。
 集英社のナツイチ、KADOKAWAのカドブンの夏休みフェア、新潮社の新潮文庫の100冊みたいな季節のキャンペーンは、偉そうな言い方になってしまうけれど、読者も版元のミーハーに乗ってあげた方がいいと思います。こういう企画で初めて目にする本もあるし、そもそも各社の文庫の中でも選りすぐりの作品がピックアップされているので、ハズレが少ない。書店の視点でいえば、夏の文庫フェアで文庫が売れたら、利益構造としても実は嬉しかったりする。
 僕は前から言っているけれど、芥川賞・直木賞や本屋大賞、それからもちろん季節のフェアなどは、本のお祭りです。せっかくのお祭りなんやから、読者も作家も出版社も、大いに乗っかって楽しんだ方がいいに決まってます。

 ●保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』(七三四円・中公文庫)
 最後は、「なんで直木賞受賞作家が読んでるんや」って突っ込まれるかもしれない一冊(笑)。僕は作家を目指した時、まったくと言っていいほどこういった本を読まなかった。森村誠一さんの『小説の書き方』と大沢在昌さんの『小説講座 売れる作家の全技術』の二冊を読んで、なんとなく理解して書き始めたくらいです。文章的なものを学んだことは、僕の記憶にはあまりない。でも、最近は創作や小説について教えたり、賞の選考委員会をやる機会が増えました。そういう時、自分の執筆方法とはまた違う角度から、技術的なことを言語化したいと思うこともある。
 この本に全部寄りかかるわけやないけど、小説というものを芥川賞作家である保坂さんがどう考えているのか知りたいし、小説の書き方を言語化するのはどういうことなのか興味があります。小説の書き方を学びたいというよりは、新人作家に何を教えてあげればいいのかを知りたくて選びました。   (おわり)

〈選書の感想〉
 金額やテーマで本を選んだことはあるけれど、出版社ごとにっていうのは今までなかったので、面白い経験でした。基本的に読んだことのない作品中心に選んだので、本の内容に詳しく言及はできていないと思います。
 今回各社の文庫棚を見ていく中で、ひとつ気づいたことがありました。本を選ぶ時の片寄りです。書店に行った時は全体的にいろんなジャンルの本を見ているつもりだったのですが、ミステリやSF、翻訳書の棚は詳しく見ていないのだと初めて気がつきました。いい機会なので、そういうジャンルの本を意識的に選んだ選書になっています。

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