2024年 夏の文庫特集号
<本と出会う、本を語る>
大学生3人が文庫を買う!

左から 下澤小春さん、河辺宏太さん、円谷純子さん

 本紙連載「書評キャンパス」の参加者の中から、三名の学生さんに、「大学生が文庫を買う」企画に参加していただいた。一時間半をかけてそれぞれ六冊ずつ、東京堂書店神保町本店で文庫を選書。その後、選書理由と普段の本との付き合い方などを話してもらった。三人はどんな文庫を選んだのか? 普段の選書や、読書スタイルとは……?  (編集部)

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今村翔吾さんが文庫を買う!

読者へのメッセージ/文庫読みどころ紹介

 参加者紹介

日本大学地理学科三年生 下澤小春
「アイドルが好きなので、普段はアイドルの映像を見たりしています。小学校の時から図書委員しかしてこないぐらい図書館に馴染んできたので、大学では図書館司書の勉強をしています。空も好きで気候学のゼミに入っていて、その興味から気象予報士資格の勉強もしています」


創価大学文学部四年生 円谷純子
「本だけでなく、映画もドラマもアニメも好きです。NHK大河ドラマ「光る君へ」の影響で、散楽に興味を持ったことから、大学では散楽/猿楽の起源や、平安時代に大きく変質した日本の古典芸能を学んでいます」


二松学舎大学文学部国文学科二年生 河辺宏太
「身体障害の当事者ということから、障害者文学を勉強しています。最近は、障害を語るのに文学だけでなくてもいい、と思いはじめて、友人とアーティストグループ「Do」を立ち上げて「伊達車椅子」というパフォーマンスをしました。伊達メガネと同じように車椅子を普及させて、価格を抑えたり、偏見をなくそうという試みです。これから写真サークルの友人と、写真と文学の雑誌「模像誌」も創刊予定です」

 選書と理由

●山尾悠子『初夏ものがたり』(一一〇〇円・ちくま文庫)
下澤「本屋ではまず、平積みされている一番目立つところに置かれた本を見ます。本屋さんによって、どんな本を推しているのかを見るのが好きです。この本は文庫コーナーで平積みになっていました。表紙の絵柄が可愛いなと思い手に取りました。この本は〝ファンタジー小説集〟とあったので、久しぶりにファンタジーを読みたくなり選びました。もともとファンタジー小説が好きなのですが、日本の小説はこれまであまり読む機会が少なかった。山尾悠子さんの本は、これまで読んだことがありませんでしたが、酒井駒子さんの装幀の本は、これまでにも結構選んでいる気がします」

●さくらももこ『さくらえび』(七三七円・新潮文庫)
円谷「母と一つ上の姉が、『ちびまる子ちゃん』が好きなので、ちょっと見てみようかな、というぐらいの気持ちだったのですけど……。気に入っている映画監督の方が、インスタグラムのストーリーで、〝さくらももこさんの名言集〟を載せていて、面白いし心に響く言葉だという記憶が残っていたのも、手に取ったきっかけです。
 普段から一ページ目を読んで体に馴染む感覚があれば、その本を選ぶと決めています。この本もページを開いて二~三行でくすっと笑ってしまって、よし買おうと決めました

●武田砂鉄『マチズモを削り取れ』(八八〇円・集英社文庫)
河辺「前から気になっていたのですが、さきほど文庫で出ていたことを発見しました。マチズモは〝男性優位主義〟と訳されますよね。昨年芥川賞をとった『ハンチバック』が私にとって特別な小説で、繰り返し読書会をしたり、著者とDMでやりとりしたこともあります。その『ハンチバック』の中で〝健常者優位主義〟という言葉に〝マチズモ〟とルビが振られているんです。通常、健常者優位主義は〝エイブリズム〟と訳されます。たぶん健常者優位主義は、男性優位主義と同じ構造にあると、著者の市川沙央さんは言いたかったのだと思います。ただその本意がまだ腑に落ちていなくて、〝マチズモ〟について学びたいと思っていたところ、この本を目にしたので、これは選ぶしかないと思いました」

●原田マハ『独立記念日』(九四六円・PHP文芸文庫)
下澤「原田マハさんの本は、これまでに何冊か読んだことがあります。読むと、気持ちがほわわんとなる感覚が好きです。さまざまな年代の女性たちが、悩みを抱えながら、ある出会いを通して新しいスタートを切る、そういう二十四の物語からなる連作短篇集だそうです。ここ数カ月人間関係に悩んでいたので、少しでも前向きな気持ちになるような、ヒントをもらえたり、寄り添ってくれる本なのではないかと、今の私に必要な本だと思い、選んでみました」

●遠野遥『改良』(五七二円・河出文庫)
河辺「遠野遥の作品は文体が好きです。淡々として感情がないような文体で、自分の行動への因果関係が綿密に書かれるため、その行動に感情が伴って見えるところが心に刺さります。
 この作品は以前、単行本で読んでいます。主人公は男性だけど、メイクや女装に関心がある。でも女性になりたいわけでも、自分を女性だと思っているわけでもない。美しさを求める上で、自然と女性的になっていく、両性具有的な美しさを求めていくという、性に対する価値観も面白いところで、この機会に再読したいと思いました。
 タイトルの付け方も好きです。『改良』がデビュー作で、『破局』で芥川賞を取って、その後『教育』『浮遊』を書いています。シンプルだけどキャッチーな二字熟語がかっこいい!」

●田村洋三『沖縄の島守 内務官僚かく戦えり』(一三〇九円・中公文庫)
円谷「『硫黄島上陸』というノンフィクションを読んでいます。著者が新聞記者で、硫黄島に上陸したり、機密文書を徹底調査して書いた本です。毎年、終戦記念日が近づいてくると、戦争関連の本を読むようにしています。でも沖縄戦のノンフィクションは読んだことがなかったので、読みたいと思い、今回選びました。命がけで戦って殉職した二人の官僚を描いた作品とのことで、実在する人物の名前が出ていました。自分の知らない戦争がここにあると思うと、毎回ちょっと悲しい気持ちや、どうにもできない感情が起こります。戦争に関する本を読むと、過去の出来事だけれど、自分もそこにいるような感覚になるんです。たぶんこれを読んで心がえぐられるだろうし、学びにもなると思います。そういう感覚は大事だと思っています」

●河邉徹『蛍と月の真ん中で』(七九二円・ポプラ文庫)
河辺「著者の苗字が一緒だったので選びました(笑)。私も戸籍上は著者と同じく正字の「河邉」なんです。河邉という苗字は意外と少なくて、全国に四百人ぐらいらしいです。青春小説は普段はほとんど読まないのですが、どんな内容なのか、楽しみです」

●角田光代『紙の月』(六四九円・ハルキ文庫)
円谷「前から知っていたけれど、これまでは手に取ったことがなかった本。映画化されたり、昨年は韓国ドラマにもなって、刊行されたのは十年以上前なのに未だに第一線で平積みにもされていて、何がそんなにすごいのだろうと興味がわきました。いつものように一ページ目を読んでみて、自分に馴染んだ気がしたので、読んでみようと」

●津村記久子『つまらない住宅地のすべての家』(七四八円・双葉文庫)
河辺「障害者文化論、日本近現代文学を専門とする荒井裕樹先生の授業で、津村さんの作品を扱ったことがありました。その授業も、小説自体も面白かったので、もう一冊読んでみようか、と手に取りました。同じ住宅地に住むそれぞれの家庭に事情と秘密があって、刑務所を脱獄した女性受刑者が近くにいるかもしれない、ということから、少しずつ住人たちの関係が変わっていくみたいです。なかなか面白そうです」
 

●カール・ヒルティ『眠られぬ夜のために 第一部』(草間平作・大和邦太郎訳、一二一〇円・岩波文庫)
下澤「日記のような体裁で書かれています。第一部と第二部とあって、どちらにするか悩んだのですが、とりあえず第一部にしました。最初は題名に惹かれて手に取ったんです。ちょうど昨日いろいろ考えて、寝付かれなかったので……。エッセイはいまのところ、あまりちゃんと読めない不得意なジャンルなのですが、日記的な思索ならどうかなと。パラパラ見てみたら、聖書からの引用や、詩の引用、哲学的な言説もちょこちょこ入ってきて、これなら面白く読めそうだなと決めました」

●穂村弘『世界音痴』(六六〇円・小学館文庫)
河辺「現代短歌の歌人によるエッセイ集。私は文学研究会というサークルで、小説を書いたり短歌を作ったりしています。現代短歌は好きですし、穂村さんは現代短歌界ですごく有名な作家なのに、なぜか今まで触れてきませんでした。
 『世界音痴』は、あざとさがニクいタイトルだと思う(笑)。自分という個人に対して、大きな〝世界〟なんてもってきちゃっている。ある種のナルシズムがある。このイタさみたいなものが、穂村弘という歌人をかたちづくっているんだろうし、魅力にもなっているのかな、という興味もあります。
 表紙では寿司が回っているけれど、玉子、まぐろ、カッパ巻の三種類しかない。表紙の写真でもポエムをしている感じが、やってんな~と思う(笑)」

●藤岡陽子『この世界で君に逢いたい』(七四八円・光文社文庫)
円谷「恋愛小説は苦手です。ドラマも恋愛ものは得意ではない。でもせっかくの機会だから一冊、いつもなら読まない恋愛ものを選んでもいいのではないかなと思ったんですよね。
 この本は平積みではなく、棚にささっていました。手に取ったら、想像以上に表紙が絵画っぽくてきれいで、この表紙なら面白いのではないかと感じたし、もし内容に共感できなかったとしても後悔しない読書になるのではないかなと。恋愛の要素がありつつ、登場人物が失踪するとか、大切なものに気づかされる作品とも紹介されています。人間心理の謎が込められているのかな……。面白く読めるといいなと期待しています」

●綿矢りさ『勝手にふるえてろ』(六六〇円・文春文庫)
下澤「私も恋愛小説は基本的に苦手なんですけど、綿矢さんの作品は、言葉がバシッと脳みそに届く感じが好き。この作品は映画にもなっていて、見たいと思っていました。中学生時代の同級生への片思い以外、恋愛経験ゼロの二十六歳。そんな主人公が自分と重なったりもして……。同期に突然告白されて〝脳内片思い〟と〝リアル恋愛〟が同時進行中だそうです。どんな結末が待っているのか、楽しみです」

●荒俣宏監修『知識人99人の死に方』(七四八円・角川文庫)
河辺「表紙に、虫がたくさん並んでいて、その一つ一つに死因が書いてある。「入水自殺、38歳」というのは太宰かな? 
 小説を書くときに死の扱い方に悩みます。自分はまだ、簡単に死を描いてはいけないのではないかと思っています。一方で、フィクションではない、現実の死に関心があります。中高生の不登校だった頃に、鶴見済『完全自殺マニュアル』を読みました。感傷的にではなく、淡々と死を扱うところがいいんですよね。首吊りをしたらこんなふうに首がしまって、血管がふさがれて、酸欠になって死にます、死んだ後はこんな状況になります、とただ事実を書いていくんです。そういう現実的な死のディテールが好きです。雨宮処凛の『自殺のコスト』も面白いですよね。電車に飛びこみ自殺をしたら、親族にいくら請求されますというような、事実以上の解釈は加えずに、死を扱っているところがいい。
 この本では太宰治、永井荷風、三島由紀夫、江戸川乱歩、吉田茂……といった著名人がいかに死んだのかが、一人あたりたった一~二ページで記載されています」

●アレイナ・アーカート『解剖学者と殺人鬼』(青木創訳、一四九六円・ハヤカワ・ミステリ文庫)
円谷「最近、翻訳本をようやくきちんと読めるようになった気がしています。ハヤカワ文庫では翻訳本がかなりあって、どれにしようか迷ったのですが、最近日本とアメリカの法医学者の立場の違いについて書かれた本を読みました。その関係で、法医学者ではないけれど、解剖学者にも興味があって手に取りました。そうしたらまさかの「現役の解剖学者が描く衝撃のサスペンス!」。そしてページを開いたら、著者の三人の子供にあてて、「この本を読んだらだめ。いますぐ閉じなさい」と書かれていました。いったいどんな殺人鬼が出てくるのか興味津々です。六冊の中でも特に惹かれた本でした」

●シャーリイ・ジャクスン『なんでもない一日』(市田泉訳、一三二〇円・創元推理文庫)
下澤「表紙がかわいいなと、以前も悩んで買わなかった本なので今回選びました。短編集なのですが、表紙の可愛さとは裏腹に、中身はちょっと不気味な感じのようです。「スミス夫人」「よき妻」「メルヴィル夫人の買い物」など、日常的な場面を描いているんですが、そこに少しダークな、人間の中に潜んでいる不気味な感じが炙り出されてくるんですね。創元文庫は一冊選ぶのに一番悩みました。SF文庫や推理文庫など、創元文庫はよく買うのですが、その中でも日頃はあまり選ばなそうなものにしてみました」

 選書をした感想は?

下澤 小説は一気に読みたいから三時間ぐらい暇がほしいけれど、最近はなかなかその時間が取れないので、哲学や学術系の本を選ぶことが多かった。でも今回は小説が多めのセレクトになりました。自分らしい選書になったと思います。
円谷 日頃は、自分が気になった本を携帯の中にリストアップしていて、読みたいときに図書館で借りて読むというスタイルです。今回はリストアップしていない中から選んだので、自分の畑ではない本が並びました。面白い出会いになりました。
河辺 普段、本を読むのは対話のためです。こういう本を読んでいた方が、人との関係性の中でいいだろうと、本を利用するために選んでしまっています。だから誰かに薦められた本を読むことが多いんですよね。今日のように直感的に本を選ぶ経験はあまりなくて、この六冊が自分の家の本棚にあることを想像すると、ちょっと不思議です(笑)。

 他の人の選書で気になった本は?


下澤 『知識人99人の死に方』が気になりました。作品を読んだことがある作家たちがどんな死に方をしているのか、知りたい。
円谷 『マチズモを削り取れ』です。河辺さんの本の紹介が面白くて、入り込んでしまいました。『世界音痴』の表紙が三種類の寿司ネタしかないというのも、よく気づくなと驚きました。
河辺 『勝手にふるえてろ』は読んだことがあるのですが、私たちと同じ年代で芥川賞を取って、綿矢りさにはやっぱり親近感があるなと思いながら聞いてました。
円谷 わかります。綿矢さんの『蹴りたい背中』は中学のときに読んだのですが、思春期真只中で、自分の中にもやもやしていたものを言葉にすることができずに、もがいてた時期でした。当時、『蹴りたい背中』を読んで、私が言いたかったことは、これだ、と思った。
河辺 基本的に、三人とも興味の方向性は違っているのが面白かった。
下澤 三者三様。同じように小説を選んでいても、好みはだいぶ違っているように思いました。

 普段の読書と選書の仕方は?


下澤 普段から今日と同じように、一~二時間書店にいて、お気に入りの一冊を絞るという感じで選びます。長期休み前には、本屋で十冊ぐらいまとめて本を買って、積読、という生活です。
 ただ最近は本を読む冊数が減ってしまって、図書館でも月に二、三冊借りるけれど、毎回延滞してしまうんです(笑)。
河辺 お薦めされた本を読むと決めて、ピンポイントで買うので、本屋に行くよりはAmazonで買うことが多いです。今日は、出版社ごとに、こんなにカラーが違うことを知りました。選んでみて面白かったです。
円谷 本屋にくることも久々で、一時間半ぐらい書店にいたのは、中学生以来の体験でした。講談社とハルキ文庫に、欲しいと思う本が重なってあったように思います。
 先ほど話したように普段は、携帯にリストアップした中から、ピンポイントで図書館に借りに行きます。読み終わっても心に残ったものはリストから消さずにおいて、読みたい時期が来たら再読して、ようやく買うか買わないかを決めます。ですからお気に入りの本だけが本棚にあります。今日選んだ本も、お気に入りになればいいなと思っています。

 本の話を友達としますか?

河辺 人に薦められた本ばかり読んでいるし、その人と話をするために、本を読むという感じです。
下澤 私は人と本の話をすることが、まったくないです。
河辺 でも本の話をするというよりは、話をする前提として、知識を準備しておく、という感じかもしれない。
円谷 中学時代には本好きな友達がいて、回し読みもしていたけれど、高校に入ったら本について話しをする友達がいなくなってしまった。今は実のおばとだけ本の貸し借りや本の話をします。互いの興味を話し合う唯一の本の友だちです。同じ世代で話ができて、今日はとてもうれしいです。
下澤 おばさんと、すごくすてき。私は同世代を含めて、人と本の話をしたことがほとんどないので、今日は戸惑いしかない(笑)。
河辺 文学研究会に入っているので、月一回読書会があります。本が読みたいというよりは、読書会で皆と話すために読む。ツールとして本を読むところが自分にはあります。

 書評キャンパスについて


円谷 町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』について書きました。もともと何かを書きたいという欲があって、そのきっかけとして書評キャンパスがあって、書いたことで自分のしたいことが少しクリアになった感じがしました。目に見えない誰かに対して書評したのはこのときが初めてでしたが、本を読み終えたらいつもメモアプリに読書メモを残しています。その延長線上に書評があったと感じています。
下澤 九段理江さんの『東京都同情塔』について書きました。書くことは好きで、やり続けたいことの一つです。本を読んでいる間は、対自分でしかないけれど、自分の感じたこと、その本の良さなどを、文章にして外へ伝えられる場として、書評が好きです。同じ意味で、他の方の書評を読むのも好きです。
河辺 市川沙央さんの『ハンチバック』について書きました。これまで障害者が型にはまった描かれ方しかされてこなかった。あるいは当事者自身が障害を描くということが少なかった。その中で、二〇二三年にようやく、当事者が描いた障害者文学が、芥川賞という大きな舞台に上がったという、文学史上の転換点として『ハンチバック』はあると思っています。不純かもしれませんが、そういうメタ的な目で、この作品は有意義なものだと感じたところに、関心のきっかけがありました。
 書評は、本をラベリングすることになると思うと、純粋に好きとは言えないかも……。書評で不特定多数の第三者に本をお薦めするとなると、自分が本当に好きなところより、一般向けに紹介することが必要になると思う。さっきのように、遠野遥の文体が好きだと書評で書いてもあまり意味がなくて、あらすじを伝えないといけない。
 そういう葛藤がありつつも、好きな本を何らかのかたちでお薦めすることは大事だし、していきたいとも思っています。(おわり)