世界中で大流行しているコロナウイルスは、日本の社会問題を浮き上がらせた。そのひとつに、日本で暮らす外国人への差別があることはいうまでもない。本書は、移民の受け入れに寛容ではなく、このような差別も蔓延する日本社会に疑問を感じているすべての人に一読を勧めたい本だ。
ノルウェーは、移民・難民受け入れの先進国として知られている。しかし、そのような福祉国家においてでさえ、既存の制度から置き去りにされてしまっている人たちがいる。著者であるファリダ・アフマディ氏は、非西欧諸国から来たマイノリティ女性たちが抱える精神的・身体的痛みに向き合う。著者はこうした女性たちの語りを通じて、様々な問題が複雑に絡み合う痛みの要因を探る。そして、彼女たちが個人として承認されていないことこそが痛みの根源であることと、それを生み出しているのは多文化主義であることを明らかにする。多文化主義は宗教や文化を許容するように思われがちだが、原初的特徴を際立たせるがゆえに、人間の基本的なニーズを隠し、対立を煽る側面も持つ。さらには、それが政治権力と結びつくと、マイノリティのなかに特権階級を生みだし、結果として社会の分断が加速する。弱い立場にいるマイノリティ女性たちの声はますますかき消されてしまい、二重に貶められ希望を失ってしまうのだ。アフマディ氏はこれを「未公認の多文化主義」と名付けている。
その上で、マイノリティ女性たちが社会の帰属意識を獲得するための次の二つの取り組みを提案する。一つは、未公認の多文化主義から普遍的多元主義への移行である。民族や宗教、文化によるグループよりも個人を重視することで、マイノリティもマジョリティも国の繁栄に携わる一員であることが強調される。もう一つは、グローバルな良心、すなわち人類は一つの体のように繫がっているという一体感を身に着けることである。私たちは広くつながりを持ち、グローバルな現実と向き合い、互いに関する知識を得続ける必要がある。そうしてこそ、あらゆる人が参加可能な共生社会を生み出すことができるのだ。
アフマディ氏はアフガニスタンで生まれ、祖国では医学を学ぶ傍ら抵抗運動にも参加し、その後世界中を旅した経験を持つ、社会人類学者であり難民女性支援の活動家である。修士論文から生まれた本書は、マイノリティ女性たちの声を医学的・社会人類学的見地から豊富な文献に基づき丁寧に分析しているのが特徴だ。専門を生かした著者ならではの研究である。
本書の冒頭と末尾には、ペルシア文学最大の詩人であるサアディーの詩が引用されている。ニューヨークの国連本部ビルのホールの壁にも飾られているほど有名なこの詩は、アフマディ氏の本書で伝えたい思いを見事に表現している。詩は、理路整然とした言葉によって取りこぼされてしまうような感覚や感情をすくいとり伝えることができる。説明的な記述のみならず、詩をも通じて読者に訴えかけるところに、本書の魅力があると思う。
アダムの子である人間は
同じ土から創られた
ひとつの体の手であり足である
一本の足が痛むと
手も、ほかの足も、安穏としてはいられない
他人の悩みに目を向けない人は
人間と呼ぶに値しない
(石谷尚子訳)
★むらやま・このみ=東京外国語大学大学院博士課程。専門分野は宗教学とペルシア文学です。神秘主義に興味があり、現在は現代イランの知識人の文学作品に表れる神秘主義について研究しています。