【女には向かない職業/P.D.ジェイムズ】評者:村川祐実子(城西大学薬学部六年)

 私がこの本を初めて手に取ったのは中学生の時だった。本書の主人公は二十二歳の探偵だ。本書を改めて手に取った私は今年、大学を卒業する。

 コーデリア・グレイが共同経営者のバーニイを自殺で失ったところから物語は始まる。彼女はバーニイが受けるはずだった依頼を、一人の探偵として調べることになる。残された車に乗り、バッグの底に彼の拳銃を忍ばせて。

 原書の刊行は一九七二年、現在より半世紀ほど前になる。にもかかわらず、そして幸か不幸か、今の私はコーデリアに深く感情移入して読んだ。例えば表題にある様に、探偵という職業が「女には向かない」と直接、あるいは間接的に言われる場面では、進学や就職活動の折に、改めて性別について考えたことが思い出された。

 実際、彼女は探偵という職業に向かないのだろうか? コーデリア・グレイは聖女でも小間使いでも、リア王の三女でもない。バーニイの友情のために泣きはしても、一方では不謹慎にも(そして大いに共感できることだが)バーニイなしの初めての一人仕事に心踊らせるし、人並みに自己保身の面も見せる。フィクションにおいて、可憐なヒロインが魅力的なのはわかるが、私は彼女をそんなふうな型にはめて扱うべきではないと思う。作中で描かれる彼女は、過去の様々な名探偵のように特徴ある外見や、奇人あるいは天才的な個性の目立った存在ではないものの、真実に迫るのに必要な記憶力と思考に優れ、地道な調査をするだけの胆力があり、危機を乗り越えるだけの体力もある。だが作中で彼女を「若い女」扱いしない人間、あるいは探偵として軽んじない人間は一人もいない。基本優れた捜査官として描かれるダルグリッシュ警視もコーデリアを「女の子」として捉えるし、亡くなったバーニイですら探偵事務所の看板のコーデリアの名前に、最初は「ミス」を付けようとした。

 物語終盤、依頼を解決したコーデリアは、拳銃の無許可所持とは別に、ある犯罪に加担することになる。初めて本書を読んだ時は、コーデリアが何故、自ら進んで犯罪に加担するのか理解できなかった。今になってようやくその理由と動機が、自分なりに解釈できるようになった。

 それは「頑固さ」だ。彼女はその頑なともいえるあり方でバーニイへの依頼を一人で受け、真相をしつこく探り、自分が周りからどう見られているのかも冷静に見据えながら、会ったこともないマーク・カレンダーの名誉とプライドを守った。たとえ自分のそこかしこが傷ついても、自分自身で決めたルールは最後まで意地でも曲げない。もし彼女が探偵に向いていないとすれば、世間の見做すように女だからではなく、その理由も彼女の頑なさによるものだろう。

 そしてそんな潔癖で冷静で、自分がもつ数少ない弾をしっかり把握し、戦えるひたむきな意地をもつものが、当時も今も私が憧れる一人の人間、コーデリア・グレイに他ならない。(小泉喜美子訳)

この記事を書いた人

★むらかわ・ゆみこ=城西大学薬学部六年。本と漫画とバスケと創作が好き。偶にタロット占いをしている。国家試験に向けての勉強が辛くてしんどくて仕方ない。

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