治承寿永の乱(源平合戦)は、義経をはじめとする勇猛な源氏の活躍の前に、カリスマ的存在であった清盛の死後、急速に弱体化した平氏が敗北することは必然であったとイメージされることが多い。しかしながら本書は、『平家物語』を中心に、富士川から壇ノ浦までの経過を一貫して平氏の視点で、軍事制度の変遷、武人としてのあり方の違い、後白河院の関与など、多方面から描いている。つまり、頼朝が鎌倉幕府を創っていく過程として治承寿永の乱を捉えることは、「歴史の陥穽」にはまる危険を孕んでいると読者に伝えることを狙いとしている。
文献史学における最重要事項は、史料をどのように解釈するのかということである。著者は公家の日記に収録されている追討使や頼朝が朝廷に送った報告をその段階での情勢判断を知ることのできる史料として最も重視し、また文学的な創作や誇張を含むがルポルタージュ的要素の強い軍記物語『平家物語』と、情報は抽出できるが鎌倉幕府による情報操作が行われている歴史書『吾妻鏡』の記述が異なる場合には、京都で記録された情報(公家の日記)に近い方を採録するとしている。
治承寿永の乱に関する類書は他にも多数あるなかで、本書の特色といえるのは、内乱を規定する大きな要因として農業気象を取り上げ、内乱の前半は平氏にとって不利な気象(西国を襲った干魃による飢饉)、内乱の後半は頼朝にとって不利な気象という(関東を襲った冷害による飢饉)分類をしていることである。治承寿永の乱当時は、当然のことながら物資を輸送する手段は確立されておらず、必要な物資に関しては現地調達する必要があった。そのため、飢饉の状況下で戦を継続することは深刻なものであったと著者は指摘している。そして、個人的に最も興味深かったのは、日蝕の起こることを事前に知っていて合戦をはじめた平氏が、日蝕に動揺する源義仲軍に水島合戦で圧勝したとする『源平盛衰記』の記述が、創作ではないと証明することができたことである。このことは、日蝕シミュレーションソフトで、合戦当日の水島が、日蝕を観測できる地域に入っていたことから分かったのだ。
ところで、来年の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』である。戦国・幕末をテーマにした大河ドラマが多いなかで、中世前期を対象とする作品は2012年の『平清盛』以来のこととなる。中世前期ブームが起こることを個人的には期待したい。おそらく作品中では、鎌倉側の立場から治承寿永の乱が描かれることとなるであろう。そのため、源氏の視座にたった著作を読むことも必要であるが、平氏の視座にたった本書や、元木泰雄氏の『治承・寿永の内乱と平氏』(吉川弘文館)等も読むことによって、来年の大河ドラマをより深く楽しんでみてはいかがであろうか。
★つかもと・ゆうき=立命館大学文学部三回生。日本中世史(日本海沿岸地域の中世史)に関心を持っている。趣味はクラッシック鑑賞、自転車での史跡巡り。