【R帝国/中村文則】評者:高瀬皓太(帝京大学文学部社会学科2年生)

 今からそう遠くない未来の、島国・R帝国。国の政治は与党の国家党、通称〝党〟が支配していた。人々は生活の大半を人工知能搭載の携帯電話HP(ヒューマン・フォン)とともにしていた。そこで暮らす矢崎の日常は、突如落下したミサイルにより急変する。隣国との戦争が始まったのだ。

 隣国の兵器と地上部隊が、いつもなら連なる建物で見えないはずの空を赤く染めた。激しい戦火の中で矢崎はとうとう敵兵に殺される、はずであった。すんでのところで敵国の女性兵士に助けられたのだ。彼女の名前はアルファ。互いの過去や考えを交わすことで、人種も立場も信じるものも異なる二人は距離を縮めていく。しかしアルファは高熱で倒れた末、矢崎を庇って死に近づいていく。二人は特別な感情と、この戦争へのかすかな違和感を覚えることになる。アルファたち敵国人種だけに効くウイルス、奇妙なまでに消極的で無差別なR政府の防衛……。アルファは言う。「我々の上部とR政府は繫がってる」

 国内で絶大な権力を持つ〝党〟。暗躍する反政府組織「L」。世界の「真実」を握るのは誰か。矢崎たち登場人物は各々の運命に抵抗する。それぞれの思惑を前に命が駆け回る。

 著者の中村文則さんは人間の内面の描写が巧みで、筆者は過去の著作においても常に、その「現実味」に驚かされてきた。人間は醜い――。醜く生きる。自分さえ無事ならば、他人の犠牲など見もしない。しかし不本意にも、その醜さに共感することで、自分も「人間」なのだと強く自覚させられる。記憶や体験を甦らせてしまう程、中村さんの作品には、フィクションとノンフィクションの狭間のリアルを感じる。

 本書の中で特に印象的だったのは、R帝国の人々の様子だ。ある男は事実なんてものは無価値だ、と熱に任せて匿名掲示板に書き込んだ。小学生の子を持つ母は、問題を問題視しない生き抜き方を選んだ。自分たちが支配されていると気づかないまま、あるいは気づかないふりをして支配されていた。一見悪くない暮らしだが、フェイクニュースや移民への差別が飛び交う。筆者は現実の世界との重なりを覚えた。穏やかでない社会情勢、時代にそぐわないヒト、モノの炙り出し。信じたくはないが、本書に描かれたディストピアは、我々の生きる現実の世界の先に待っているのかもしれない。

 本書を読んだ数日後の話だ。駅前で貧困支援の募金活動が呼びかけられていた。胸がざわつくものの、思わず目をそらす。SNSを開く。数秒前のざわつきの感覚は、画面をスクロールするように簡単に忘れる。

 「人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸福なのだ」

 〝党〟の幹部の言葉だ。「L」の抵抗が身を結び、〝党〟にとって都合の悪い真実が、R帝国中にバラまかれた。にもかかわらず、人々は信じなかった。〝党〟がまたどうにかしてくれる、と信じたかった。

 しょうがないじゃないか。考える事は面倒だ。どうせ何も変わらない――そんなことを心に浮かべた筆者は、器用に体裁を保つ〝党〟を、心の中に無意識に生み出していたのかもしれないと、気づかされた。

 他人との繫がりが希薄で、生きにくさを感じる人が多いと言われる現代社会では、作中の人々の諦観の生き方に、共感する人も多いのではないだろうか。主人公たちのように、自己犠牲にも思える行動をとれる人間はきっと少ない。それでも彼らの生き様に触れてほしい。いつか、彼らの行動が自己犠牲ではなく「抵抗」なのだと理解し、さらには自らの肌で感じられるように。今を生きる多くの人に読んでほしい。

この記事を書いた人

★たかせ・こうた=帝京大学文学部社会学科2年生。

読書推進活動とカプセルトイ布教の二足のわらじを履く。好きな食べ物はりんごと芋けんぴ。

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