昔から「天才」という言葉が好きでなかった。相手を「天才」と言えば自分の可能性を諦めてしまうことになるし、相手の「自分には想像できていない努力」を都合よく消し去ってしまうように思えたからだ。ところが、『何者』を読み、「天才だ」と漏らしてしまった。本作は、著者の朝井リョウが二十三歳の時に執筆し、戦後最年少で直木賞を受賞した作品だ。直木賞受賞という結果は信じられないほどに凄い。だがそれ以上に、大学在学中に高校の記憶を『桐島、部活やめるってよ』で小説にして華々しくデビューし、会社員として働きながら就活の経験を『何者』で昇華させようとした行動力、もちろん、最後にどんでん返しを持ってくる伏線の張り方やSNSを作中に散りばめた表現技法でまとめあげた作品自体に舌を巻いた。そんな偉業を現在の私の年でやってのけたという意味で、朝井さんを「天才」と呼んで逃げ出してしまいたい気分にさせられた。
この作品は、主人公・拓人が同居人・光太郎の引退ライブに出向いたことをきっかけに偶然集まった五人が、共同して就職活動に奮闘するストーリーだ。家庭環境、恋愛、プライドなど心に悩みを秘めた大学生たちが、就活に取り組むことで自分の人生と向き合い、時には上辺の言葉でごまかし、また時には本音でぶつかり合いながら人として成長していく姿が描かれている。
お金と政治の話はタブーとよく耳にするが、内定が出始める時期の就活の話こそ、人間関係を重んじるならタブーの代表格だ。就職先は良くも悪くも今後の環境や待遇に影響を与え、多感な年頃にはちょっとしたことが大きな差に感じてしまう。自分が追い込まれている時に他人の成功を大喜びできるほど、懐の深い人間になるのは難しく、他人に対しても知らぬうちに プレッシャーをかけてしまうことを思えば、余計なことは言わずに黙っておこうという気にもなるだろう。主人公も例にもれず、そつなく仲間と過ごしているようで、心の中では毒を吐く。読者の立場で、胸中を覗いてしまえるばかりに、「おいおい……」と言いたくなるような、でも少し気持ちがわかるような、そんなリアルさがこの小説にはある。人間の暗さと就活の苦しさが会話のなかで上手く言語化されており、現実世界で私がエントリーシートを書きながらもやもやと積もらせた感情を、代弁してくれた気がした。
私が好きなセリフは二つある。瑞樹の「十点でも二十点でもいいから、自分の中から出しなよ」、主人公の「頭の中にあるうちは、いつだって、何だって、傑作なんだよな」という言葉だ。「自分は他の人とは違う」と就活を軽く見ている隆良に向けられた言葉だったが、意図せず私にも刺さった。アウトプットには痛みが伴う。人前に出れば情けない姿をさらすだけかもしれないし、陰で笑われるかもしれない。本作の主人公も、かつては他人を少し離れた安全な場所で見ては、あれこれ心の中で批評するだけの傍観者だった。それが、最後には自分のかっこ悪さを受け入れて、等身大でもがき始める。そのもがきの中に、筆者も希望と活路を見出だした。主人公のまっすぐな姿勢にあてられ、「何者」でもない筆者も 、つらつらと書いた稚拙な文章を世の中に出してみた、といういきさつである。
人間に対する鋭い視点を持ちながらも未熟さを慈しむ、朝井さん流の「希望」が表現された本作をぜひ体感してほしい。
★みやざき・ことね=北陸大学薬学部5年。旅行と本屋めぐりが好きです。旅先でも本屋を見かけると吸い寄せられてしまいます。ゆっくり本を読んで時間を過ごすのが私にとっては至高の一日です。