【桜風堂ものがたり 上下/村山早紀】評者:岩崎朱里 (共立女子大学文芸学部1年)

奇跡とは何か。広辞苑によると「常識では考えられない、神秘的な出来事。既知の自然法則を超越した不思議な現象で、宗教的真理の徴とみなされるもの」とされている。つまるところそれは、通常の現実であれば起こりえないこと、と捉えてもいいだろう。

「田舎町の書店の心温まる奇跡」と本書の帯には書かれている。この奇跡は先に述べたような、通常の現実では起こりえないものだろうか。それは、少し違う気がする。

 著者・村山早紀の他の作品には、神様や妖怪、魔法使いといった不思議な存在が多く登場する。彼らは、困難を抱えた優しい心根を持つ人間の為に、不思議な力を使い奇跡を起こす。そして恩恵を受けた人間達は、また前を向いて歩みを進める。しかしそれらの物語と、本書は少し毛色が異なるのだ。

 本書の主人公は老舗の書店に勤める、人付き合いが少し苦手な青年、月原一整が主人公だ。彼は、隠れた名作を見つけ出すことから「宝探しの月原」と呼ばれている。彼は他の多くの作品の影に埋もれてしまうはずだった、新刊『四月の魚(ポワソンダブリル)』を見出し、この物語を多くの人に届けようとする。その中で、自身の過去に向き合っていく。一整は最初から桜風堂書店に勤めている訳ではない。彼が本を万引きした少年を追いかけている途中で、少年が事故にあってしまい、このことで世間から大きくバッシングを受けてしまう。その中、非難の矛先が彼の勤める書店にも向き始める。紙媒体の需要が下がり、書店が相次いで閉店していく現代。店に迷惑をかけない為に、彼は長年働いていた書店を辞めた。心身ともに疲弊し、人生に虚無感を抱くも、ふと、以前からインターネット上で親しくしていた「桜風堂書店」の店主を思い出し、離れた町にある「桜風堂書店」へ慰安旅行を兼ね、店主に会いに向かう。そこから彼と桜風堂書店の物語は始まるのである。

 本書には一整だけでなく、彼を取り巻く他の書店員達の苦悩や、書店の現状も描かれている。私達が普段、何気なく訪れるその場所は、書店員達のたゆまぬ努力と本に対する深い愛情によって維持されていることを思い知らされた。本書は2017年の本屋大賞の5位に入賞している。本屋大賞では書店員が売りたい本が選出される。本書に描かれる書店員達の苦悩は、全国の書店員達のリアルな声なのだろう。

 登場人物は皆、大なり小なり傷や孤独、後悔を抱えている。けれども、その負っているものを理由に立ち止まることなく、日々生きている。また、全員が本を心から愛し、「四月の魚」を売ろうと懸命になっている。そんな共通点を持つ彼らを、同じく本を愛する著者が線で結ぶことによって、この本の奇跡は起こる。

 本書には超自然的な存在は出てこない。いるのは、人と猫とオウムのみ。この奇跡は、優しい心根を持つ人の子達が、苦心しながらも手ずから作り上げた、汗臭い奇跡なのだ。そして、あとがきには「わたしはこの物語の中で、一応は、「絶対にありえないこと」は書いてはいません」と書かれている。常識ではありえないかもしれないけれど、起こるかもしれない奇跡の話。ぜひ一度、手に取って触れてみて欲しい。

この記事を書いた人

★いわさき・あかり=共立女子大学文芸学部1年。読書やソーシャルゲーム、猫のグッズ収集が趣味です。最近は降りたことの無い駅で降りて、町を探検することがマイブームです。

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