これ程までに胸の熱くなる小説があるだろうか。日本を良くしたい、人々の生活の支えになりたい。そんな情熱だけで国内外の多くの人々の心を動かし、破天荒な偉業を成し遂げた人物を、私は他に知らない。
この作品は完全なノンフィクションではないものの、出光興産の出光佐三氏をモデルとする、史実を下敷きにした小説だ。「日昇丸事件」等実際の出来事も多分に描かれており、嘗て終戦後の日本で起きた高度経済成長を支えた石油業界の千荊万棘な軌跡を知る事ができるだろう。
題名には「海賊」という単語が入っているが、舞台は敗戦後の日本。国岡商店の店長である国岡鐡造が日本の敗戦後、九十五歳でその生涯を閉じるまで、幾多の困難を乗り越え石油業界の波乱万丈の動乱を駆け抜けた生き様が綴られている。敗戦後、彼は千六名もの店員を誰一人として切り捨てることなく、己の財産を売り払って給料を払い、その生涯を終えるまで店員を家族のように大切にし続けた。そして、時には国内外の石油会社を敵に回してでも日本の未来を見据えた政策を選び、世界の石油会社とも戦い抜いて、成功を収めたのである。
ここまで聞くと、良心的な素晴らしい日本人の生き様を描いた作品のように思える。しかし、鐡造の振る舞いは生半可なものではなく時に狂気じみてさえいた。鐡造は誰もが不可能だと思うような絶体絶命の窮地に立たされても活路を見出し、また業績を疎まれ大きな組織が立ちふさがり行く手を阻む度、彼の真っ直ぐな志によって人々の心を動かして国岡商店を成功へと導いた。鐡造は、将来を見据えて為さなければならないことを正確に理解する洞察力だけでなく、時には強引に相手を説き伏せ、実行し成功させてしまうような強い影響力を併せ持っていたのだ。
そんな彼の性格が良く現れているエピソードがある。製油所の建設に際し、本来優に五年を要する工事を八か月で仕上げろとの命に、鐡造を支える店員達の誰もが不可能だと呆れ返っていた。しかし、工事は鐡造の頑な希望と有無を言わさぬ鼓舞によって異例の速さで進み、なんと本当に八か月で終了してしまったのである。工事に携わる関係者の都合を考えれば、とても信じ難い所業だ。
鐡造がこれ程までに製油所の建設を急いでいたのには訳がある。当時、石油の供給量や価格を操作する力を持った石油メジャーが虎視眈々と日本の石油市場を狙っており、石油を支配されることは日本の産業業界の従属を意味していた。鐡造には、そんな日本にとって重大な要である石油を一刻も早く直接精製・販売したいという思いがあったのだ。そして、そんな彼の想いは部下を超え多くの建設会社や土木会社までをも動かした。まさに、彼の性格は作品の題名を如実に表していると言えるだろう。
私は元来難しい話は苦手だ。この作品も『永遠のゼロ』と同じ著者だからと手に取ったに過ぎない。しかし、読み進める内にいつしか国岡鐡造という一人の男の強引でありつつも真っ直ぐな在り方、そして彼を慕い支え続けた店員達の生き様に引き込まれていった。下巻を読み終えた時の高揚感と、同じ日本人として生まれたことへ誇りを感じたことを、この小説を手に取る度に思い出すだろう。
★こまつ・まゆか=二松學舍大学文学部国文科1年。茶道部と国語教育研究会所属。趣味は茶道と読書、様々な物語を空想すること。近頃は小中の学校ボランティアに励んでいる。