友人に「芸術を専攻しているんだ」と話しても、一体芸術を学ぶとはどういうことか、理解を得ることが難しい。芸術は、どこか難しくて知識ありきの分野であると、距離を置かれている感じがする。芸術を学ぶ楽しさをどうにか言語化したいと考えていたところで、それを体現したような本に巡りあった。
本書は『へんないきもの』の著者の早川いくをさんと、『怖い絵』の出版や、2017年に上野の森美術館で開催され話題となった「怖い絵展」の特別監修をされた中野京子さんの共著である。様々な絵画作品の中に主役として、またはほんの脇役として描かれる「へんないきもの」の謎について、お二方が軽妙な語り口で紐解いていく。早川さんの疑問に中野さんがお答えする形で話が進んでいくのだが、度々登場する早川さんの例え話が秀逸で、たとえば巨匠クラナッハが描いた歪なミツバチの巣について「金網貼ったコッペパン」と言い放っていたりする。そんな話に対して、時に冷静に諭し、またある時には納得してしまう中野さんの反応も面白い。
本書では13の作品と、コラムで3作品が取り上げられているのだが、その中から、印象に残った作品を1つ紹介したい。
ペルッツィ『ヘラクレスとルレネーのヒドラと蟹』である。
これはギリシャ神話に登場する戦士ヘラクレスが、我が子を殺してしまった罪を償うために受けた、「12の試練」のうち「ルレネーの沼に住むヒドラ退治」の様子がテーマとなった絵画である。画面の大部分を、ヘラクレスと、九頭を持つ巨大なヘビ怪獣ヒドラが占めている。しかし、ヘラクレスの右足元にちょこんと描かれている「蟹」が、今回二人が注目する生き物である。ヒドラの迫力やヘラクレスの躍動感と比較すると、早川さんが「スーパーで買ってきたカニを置いただけのよう」と話すことに納得してしまう。神話では、ヒドラの助太刀に入ったこの蟹は、その後ヘラクレスに呆気なく踏み潰されてしまう。そこで、女神ヘラは蟹の勇気を称え、星座としたのである。絵画中の蟹の姿は想像以上にシュールなものである。是非本書で確認していただきたい。
本書を見つけた時、面白い話を集めただけの「雑学本」のような印象を抱いた。しかし、読み進めるうちに、その印象は半分間違っていたとわかった。絵画とそれに付随する情報の量がとにかく多いのである。作者の人生や当時の時代背景、生き物に関する考察の手がかりとなる周辺知識など、それぞれの絵画について中野さんが丁寧に解説している。それだけの情報量にも関わらず、読んでいて苦にならないのは、お二人の掛け合いがユーモラスであるからに他ならない。全13の作品について一通り読むと、気に入った作品についてはある程度語れるほどの知識が得られる。雑学も知識も身につく、立派な「美術書」であると思った。
芸術の学びの理想とは、「知識が後からついてくる」形であると考える。作者や内容を知って作品を見るのではなく、はじめに作品のみに純粋な感想を抱くことが何より重要だと思う。その後で、時代背景や作者の意図を理解することが、より深い学びに繫がる。芸術というと、どこか崇高で、知識がないと楽しめないものと思われる。しかし、本書の「見た目で印象派」のコーナーはまた、そんな考えを見事にひっくり返してくれる。作品に「自分なりの感想」を持つこと。例えそれが「へんないきものだなぁ」でも良い。そうして興味を持って学ぶことの楽しさを、再認識させてくれた本である。
★まつば・たくま=獨協大学外国語学部4年。
好きな画家はルネ・マグリット。現実と非現実を混ぜた不思議な作品や風刺の効いた作品が好きです。趣味は爬虫類飼育。