本屋で、「食堂のおばちゃんをしながら小説の賞を受賞した人がいたな」と思い、出版社や著者名など分からずに文庫コーナーを歩き回って、本書を見つけた。『食堂のおばちゃん』、そのまんまのタイトルを発見した時は思わず笑ってしまった。
本書は日本のどこかに確かにあると思えるような日常を、丁寧に描いた作品だ。「私の近所にも、〝はじめ食堂〟のようなお店があったらな……」。この本を読み終わったら、きっとそう思うだろう。
はじめ食堂とは、この小説の舞台となる東京・佃島の大衆食堂である。昼は定食屋、夜は居酒屋として営業している。この店の切り盛りをするのが、主人公の二三(ふみ)と、その姑の一子(いちこ)。嫁と姑と聞くと、何かと言い争いが起き、仲が悪いイメージを抱く人もいるかもしれないが、二人はとても仲が良い。二人三脚で食堂を切り盛りする以前から妙に気が合っていたらしい。それぞれ夫をはやく亡くす中で店を守ってきた、二人の波乱万丈の人生が、仲のよさを支えているかもしれない。
昼は、日替わりなどの定食を求めて、近所の会社員、OLでにぎわう。お昼時が過ぎると常連客がやってくる。夜も常連客でにぎわう。仕入れ先の酒屋の二代目の康平や、魚屋の主人だが卵料理が大好きな山手などが、毎日のようにカウンターで、酒とおばちゃんが作る「ナスの揚げ浸し」など旬の食材を使った酒の肴を楽しむ。が、料理がおいしいだけで、毎日のように通うわけではない。おばちゃんや常連客たちと話がしたくて集まっているのだ。家族とも友人とも違う、信頼しているおばちゃんと会話を弾ませることが、一日の疲れを癒して、明日の活力へと繫がっている。常連客だけでなく、新規のお客さんも、愛の込もったおばちゃんの料理を食べ終え、店を出る時には、入ってきた時より心が軽く笑顔になっている。
この一冊には全五話が収録されているが、私が特に気に入っているのが第二話「おかあさんの白和え」だ。その冒頭で日替わり定食のメイン「鰯のカレー揚げ」を仕込む描写は、丁寧で味付けが想像でき、お腹が空いてくる。この話には、二三の幼少期からデパートに就職し、はじめ食堂と出会い、現在に至るまでが描かれている。白和えは二三が最初に、はじめ食堂に入った時の小鉢。すりごまがたっぷり入った白和えは、亡き母のものと味がそっくりで泣きそうになる。はじめ食堂の白和えには、あるこだわりがある。
このシリーズでは、著者が元食堂のおばちゃんであるためか、献立の決め方や食材のこだわり、調理方法などが丁寧に描かれている。読むと、筆者の私も、料理に挑戦してみたくなった。巻末には小説に登場した料理のレシピが掲載されている。完成した料理写真やイラストは無く、小説と淡々と記されたレシピに想像力を搔き立てられて、自分好みに作ってみる。これは、心温まる食堂の話を楽しみ、登場した料理を実際に作ることが出来る、一冊で二度おいしい本なのだ。ちなみに先ほど紹介した「白和え」も掲載されている。私も挑戦していまや我が家の定番メニューになっている。
とはいえ、同年代の大学生にとっては、直接的に勉強になる、知識が増える本とはいえない。ただ普段本を読まない人も、気軽に手に取って楽しめる一冊だ。
私たちが思い描く理想の日常が、はじめ食堂にはあると思う。それぞれの客の健康や好き嫌い、好みを把握して料理を提供する。さらに一日の出来事や日頃の悩みを分かち合えることで、自身が悩んでいることや落ち込んでいることが自然に明確になる。私たちは家族とも友人とも違うゆるやかな関係性で築かれる、心身共にやすらげる場所を求めているのではないか。読み終えた私は、少し幸せな気持ちになりながら、そう考えた。
★もりもと・ひろき=大阪国際大学人間科学部心理コミュニケーション学科2年。小説は通学時やアルバイト出勤時に読んでいる。映画やドラマ、ドキュメンタリーなどに関心がある。大学では、笑いと人生の充実度について研究したいと考えている。