【オーラの発表会/綿矢りさ】評者:貝沼美夢(獨協大学国際教養学部3年)

 作中にタイトルが不意に現れた時、海松子の成長を垣間見た気がして応援している私がそこにいた。

 大学生になった海松子は親に突然の一人暮らしを言い渡された。実家から大学に通ってもたったの四駅なのに、両親は大学まで徒歩一分のアパートでの一人暮らしを、合格通知書の到着と同時に通達した。そこには海松子の意思の介入は許されなかったし、居心地の良い家を半ば無理矢理追い出されたような感覚になっていた。それに加えて高校時代に仲の良かった萌音は、まるで存在が見えないかのように海松子を避け、声をかけられることを厭うようになった。

 萌音は、誰かの外見を完全にコピーする。髪型や使っている化粧品、着ている服のブランドまで特定し、古い品番のものであれば似たものを探し出してコピーするのである。海松子は高校時代から、周囲の悪評とは異なり、萌音のコピー能力は才能であると思っていたし、人の気持ちがわからない怪物どころか、いつも何かに怯えている子に見えて仕方がなかった。脳内では「まね師」と呼んでいたが。

 避けられる海松子と避ける萌音。ねじれの関係のような二人は萌音が出場したミスコンをきっかけに再び交わることになる。お互いを理解できる存在として。

 海松子にはわからないものがあった。恋愛である。恋愛感情として人を「好き」になる、その気持ちがわからない。しかし、そんな海松子も高校のときに告白され断って以来の、奏樹からの突然のはがきと、父親の教え子でアプローチをしてくる諏訪さんによって、恋愛の入り口を開かなければならなくなる。海松子には伝わらない奏樹の間接的な「好き」に対して、諏訪さんの直接的で行動的な「好き」を受けた海松子は、一瞬その勢いに錯覚しそうになるが、人を好きになるとはそんなに単純な感情ではない。萌音に初の恋愛相談をしていたときのことである。恋という気持ちについて考えている最中、バチッという音が弾けた。そして再び、奏樹が海松子に想いを打ち明けようとした瞬間にも、バチッという音が弾けるのである。

 本書で描かれる海松子は、思考こそ周囲から少し逸脱しているようにも思える。というのも、口臭を嗅いでその人の今日の献立を知り、それを心に留めるならまだしも相手に伝えて話のきっかけにしようとする。多くの人であれば伝えないような本音も口に出してしまう。そんな海松子ではあるが、抱える悩みは現実の大学生と大きな隔たりはなく、共感できる。海松子の周囲の人間についても、自分の周囲と照らし合わせて、似たタイプが頭に浮かぶのではないだろうか。同じ色合いの服装で複数人で行動を共にする女子、一見正反対に見えて仲のいい二人組、クラス内の複数人の男女のグループ、高校時代の淡い恋愛を思い出す異性、自分よりも歳上で大人びて余裕のあるように感じる異性。自分の立場と周囲を照らし合わせて見ることでも、この作品を楽しむことができると思う。

 本書の中で海松子は、距離をとる人と素の自分でも受け入れてくれそうな人を判別して、人間関係を築けるようになった。周囲の人々にとっても、個性的な海松子への単純な興味だけでなく、友情や恋愛にまで発展するのだから、個性や魅力とは、伝わる人には伝わる、というものなのかもしれない。海松子はいつしか、自分の個性を武器にできるまでに成長していたようだ。

 あのバチッと弾けた音を、海松子は「オーラ」と考えた。これはきっと感情の爆発音、海松子の恋の始まりだったのだろうと思う。海松子の今後の恋愛模様も、隣で観察してみたい。

この記事を書いた人

貝沼美夢 / 獨協大学国際教養学部3年

★かいぬま・みゆ獨協大学国際教養学部3年。言語学ゼミに所属しており、卒論では一人称小説と三人称小説について助動詞に着目して分析をしようと思っている。趣味は街中で見つけた言葉の意味を調べること。

週刊読書人2022年1月21日号掲載(データ版購入可能)

コメントを残す