「あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?」
そう尋ねられた時、まず初めに誰を思い浮かべるだろうか。
本書では、過去に戻ることができるという都市伝説のある喫茶店フニクリフニクラを舞台に、「恋人」「夫婦」「姉妹」「親子」の4つの物語が描かれている。喫茶店のとある席に座れば、望んだ時間に移動することができる。ただし、過去に戻れるのはコーヒーが冷めるまでの間だけ。また、過去に戻ってどんな努力をしても、現実が変わることはない。
といわれると、現実を変えることができないのならば過去に戻る意味など無いのではないか、という疑問が浮かぶのではないだろうか。過去に戻ってどんな努力をしても、海外転勤が決まった恋人を引き留めることはできないし、交通事故を未然に防ぐこともできない。本当の意味で時間を巻き戻すことはできないが、それでも過去に戻る意味は確かにあるということを、本書に登場する4人の女性たちが教えてくれる。
冒頭の問いかけは、プロローグの最後に書かれた一文である。私は本書について、「あの日に戻れたら会いたい人」がすぐに思い浮かぶ人はもちろん、思い浮かばない人にこそ読んでもらいたい一冊だと感じた。というのも、私自身この問いかけを受けた時に、誰も思い浮かばなかったのである。私は物語の中で描かれるような「愛」と「後悔」の気持ちをまだ知らない。自分にとって大切な人はすぐに名前を挙げられるけれど、過去に戻って会いたいと願うような思い出はない。言い換えれば、まだ誰かを深く愛したり、それゆえに後悔したりした経験がないのである。本書では、「恋人」「夫婦」「姉妹」「親子」という異なる関係性の人々を通して、それぞれの「愛」と「後悔」を知ることが出来る。4つの物語の中で特に印象的だったのは、「夫婦」の物語だ。記憶が消えていく男と看護士の話であり、大切な人を想うが故の葛藤と、どんな未来でも夫婦でありたいと願う気持ちに心を動かされた。そしてこれから先、自分の人生においてそのような気持ちを知った際に、この物語がそっと寄り添ってくれるのではないかと感じた。
本書では、過去に戻って現実は変えられなくても、過去でのやりとりを通じて人の心を変えることができるところに大事な意味があると説明している。物語の中で、現実は変わらないとしても未来はどうなるのかと客に問われたウエイトレスが、「未来はまだ訪れてませんから、それはお客様次第かと……」と答える場面がある。私はこの台詞がとても好きだ。過去は変えられないし、現実も変わらない。それでも人の心次第で未来はどのようにでも変えられるということを、本書を通して深く理解することができる。私たちは「戻りたいあの日」が今であると、その時には気付くことができない。何気ない会話や一瞬の行動が、いつか大きな後悔になるのかもしれない。
私はこの本を開くことで、何度でも喫茶店フニクリフニクラを訪れたいと思う。そして、今を大切に生きること、自分の心次第で未来は変えられるということをいつも新鮮に心に留めておきたいと思う。
小林さや花 / 獨協大学外国語学部交流文化学科3年
★こばやし・さやか=獨協大学外国語学部交流文化学科3年。マイブームは蕎麦。体質的に胃もたれすると分かっているのに、つい天ぷらを付けてしまう。鴨南蛮そばと舞茸の天ぷらが好き。