【砂の女/安部公房】評者:桑原誠(名古屋経済大学法学部4年)

 ロックの提唱した、生命、健康、自由、財産の権利を国家に信託する、社会契約論の目指す社会が、「自由」な社会であるのか――。

 男は休暇を利用して、昆虫採集のために砂丘を訪れた。昆虫の中でも特に、環境適応能力が高いハンミョウを探す目的であった。が、男はこの砂丘で奇妙な光景を目にする。蟻地獄のようなすり鉢状の穴の中に一軒の家が建っていたのである。穴の中にある家を凝視していると、村の住人に話しかけられる。「上りのバスは、もう終いですが……」。今日はこの村から出られないことを知った男は、多少の興味本位もあり村に一泊することにした。

 村人が紹介したのは、穴の中で一人暮らしをしている30歳前後の女が住む家だった。縄梯子で穴の中に降りると、家は異様な状態だった。砂に浸食され、柱はゆがみ、窓は板が打ち付けられ、畳も腐る一歩手前。我慢しかねる住居だったが、そこで過ごす一夜も得難い経験だと自分に言い聞かせた。

 それは、砂に翻弄された生活だった。天井から砂が降ってくるため、傘を差しながら食事をする。服を着たまま汗をかくと砂かぶれになるため、汗をかきそうな時には全裸になる。さらに男が驚いたことは、雪搔きならぬ砂搔きを毎夜しなければならないことだった。夜に湿気を含んだ砂は朝になると乾く。乾いた砂は、砂雪崩になって家をおそうのだ。男がこの村にいるのは今夜だけなので、砂搔きを手伝った。

 朝起きると、昨日砂の中に降りるときに使った縄梯子がなくなっていた。男は穴から出ようと、砂を駆け上るが、砂が流動して登れない。そして砂の中での生活が本格的に始まる。男は脱出を試みるが、果たして蟻地獄の外に出られるのか。

 砂の中の生活では女も耐え難かった。女が男の脇腹にくすぐるように指を指し込んでくる場面がある。「枯れはじめた笹は、あわてて実を結ぶ……飢えた鼠は、移動しながら、血みどろな性交をくりかえす……」絶望的な状況に陥ると生物は性交に駆られるということか。しかし、なぜ女はこの砂の中から出ようとしないのか。
 何度も脱出を試みては失敗する男は、なぜ砂の中から出ようとしないのか、女を問い詰める。「本当に、さんざん、歩かされたものですよ……ここに来るまで……子供をかかえて、ながいこと……もう、ほとほと、歩きくたびれてしまいました……」

 つまり、たくさんの選択をしないで生きられるのが砂の中であるのだ。女は砂の中という過酷な環境に、ハンミョウのように適応してしまった。物語では、砂搔きという仕事をしていれば、食料や水が、さらに男手のある家にはタバコや酒、漫画や新聞まで村から配給されるのだ。

 本書を読み終わり、社会の在り方についてはもちろんのこと、「自由」の本質について考えさせられた。本書を読むまではしがらみがなく、行動の選択肢がたくさんあることが自由だと。まさに主人公の男と同じ考え方をしていた。しかし本書を読んでからは、監獄のように縛られた生活も、ある種の「自由」なのかもしれないと、女と同じ考えになった。

 果たして、男の考えはどうなるのか。そして、男は穴の中から脱出して自分が求めている外の自由を手に入れることができるのか? 本書を手に取り、男の結末をドキドキしながら読んでほしい。

この記事を書いた人

★くわはら・まこと=名古屋経済大学法学部4年。

他学生の書評が気になり、過去の書評を読んだ。中でもカフカの『変身』が気になり、本書を読むと衝撃。それからカフカや安部公房にはまる。読書を豊かにしてくれた週刊読書人に感謝!

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