お元気ですか。
最近、ふと中学時代のことを思い出すことが多くなってきました。ですが、ただ振り返るのでは味気ないものですから、ここは少し、本の力を借りて思いを伝えることにします。ともに物語作りをしたあなただからこそ、書評の形でこの本の紹介をしたいと思い、手紙をしたためることにしました。
母親を亡くし孤独の中にあるデイヴィッドは、ある日、本たちの囁く声が聞こえるようになります。ついには死んだはずの母親の声まで聞こえ始め、その声に導かれてデイヴィッドは幻の王国に迷い込みます。そして元の世界に帰るためには「失われたものたちの本」を探さなければならないのです。
作中には〈木こり〉と呼ばれる男が登場します。〈木こり〉は主人公であるデイヴィッドが迷い込んだ異世界で、一番初めに出会う人物です。彼はことあるごとにデイヴィッドを助け、迫りくる人狼たちから護ってくれるのです。そして彼はちょっとした合間、一息つくかのように物語を語ります。そしてもう一人、デイヴィッドに物語を聞かせる人物がいます。それは失われたものたちの本を探す旅の途中で出会った、〈ローランド〉と名乗る騎士です。彼もまたデイヴィッドに物語を話して聞かせるのです。
私が面白いと感じたのは、彼らの語る物語がこの本の中で、まるで幕間狂言のような役割を担っているということです。物語の中に、更なる充実した物語がある。なんだかマトリョーシカみたいですよね。物語を語るというこの場面で私の脳裏を過ったのは、中学時代の他愛のないやりとりでした。
「こんな話があったら面白そうだ」と。思い返せば、そんな会話をしていたような気がします。私が話を書いて、あなたがそれを絵に起こす。ついぞ叶わない計画ではありましたが、実を言うとそのお話の方は今も、部屋の本棚の隅で眠っていたりするのです。言ってしまえばそれは、語られることのない物語となったわけです。
本書の中でローランドがデイヴィッドに物語を語り終えたあと、ローランドはデイヴィッドにその物語についてどう思ったか、と尋ねる場面があります。そうして二人は物語の結末や、登場人物たちの顚末について意見を交わすことになります。
私はその場面にこそ、物語が語られるということの本質と醍醐味があると思うのです。同じ話を聞いても、受け取り方や感じ方は同じではない。対話を重ねて、互いに「なるほど、そうだね」と落ち着けることができて、ようやく物語は意味を持ち完成するのだと思います。言うならば〈二人読書会〉なるものが、作中に設定されているのです。つまりはこの場面のローランドとデイヴィッドは、私の理想とする作者と読者の関係であったのです。まさしくこの本は、物語ることそのものの意味と価値、そして楽しさを再認識させてくれたのです。
またいつか、あの日の物語の続きをあなたと始めてみたい。
この本はそんな夢の名残を呼び起こしてくれた一冊です。(田内志文訳)
★そとづか・ゆい=大東文化大学文学部歴史文化学科2年。
ケルト文化に関心があります。最近取り組んでいることはゴッホの「星月夜」のジグソーパズルです。