【霊応ゲーム/パトリック・レドモンド】評者:波多野早紀(東京大学文学部三年生)


あなたは「きみのことはぼくが守ってやる」という台詞に、ぞっとしたことがあるだろうか。

イギリス・ノーフォークにあるパブリックスクール、カークストン・アベイ校。本書は、かつてこの閉鎖的な空間で起こった、ある「悲劇」についての物語である。
 
主人公のジョナサンは、アベイ校にはめずらしく公立校の出身である。彼は歴史が好きでおとなしく、これといって目立ったところがないので、クラスのいじめっ子や苦手科目の教師に絡まれがちな少年である。一方で、ジョナサンのクラスには皆が一目置く孤高の少年がいた。彼の名はリチャード。一見なんの共通点もない二人だが、ラテン語の授業でジョナサンがリチャードに窮地を救われたことをきっかけに、少しずつ距離を縮めるようになる。
 
学校で唯一、孤高の少年の友人となったジョナサンだが、そのことがもとでクラスのいじめっ子たちから妬まれ、いじめを受けるようになる。そんな中、リチャードはジョナサンを中間休暇の帰省に同行するよう誘う。帰省中、二人は亡くなったリチャードの大伯母の衣装箱の中にあるものを発見する。あるもの――一枚の霊応(ウィジャ)盤――と、それを用いた二人の他愛もない「霊応ゲーム」。これが少年たちの運命を急変させた。
 
中間休暇が明けてしばらくすると、不可解にも、ジョナサンへのいじめに加担した生徒が様々な理由で学校を去っていった。ラグビー中の事故による入院、急な転校など、偶然が重なっているはずなのに、着実にジョナサンに仇をなす人物が校内から姿を消してゆく。怖気付くジョナサンとは対照的に、リチャードは「ゲーム」の力をちらつかせ、万事心得たような様子である。だが次第に、リチャードがジョナサンに向ける感情が極端な方向へ変容し始めた。ジョナサンをいじめっ子から守ってやろうという友情は大げさな庇護心になり、常軌を逸した執着心が醸成されてゆく。一方のジョナサンは多少の違和感があっても、心酔する彼のもとから離れない。段々と嫌な予感がつのる。
 
案の定リチャードの行動はより過激になり、いじめっ子のみならず、ジョナサンとの関係に介入する全ての人物に敵意を向け始めた。彼らは当事者しか知り得ない後ろ暗い過去について、「そのことを知っている」とほのめかす何者かのメモや電話で追い詰められ、正気を失ってゆく。少年たちの愛憎と狂気、後ろ暗い過去に翻弄される教師たち、そして、ウィジャ盤の「ゲーム」……不穏な事象は着々と結びつき、悲劇のラストシーンへと展開する。
 
本作の魅力は「理解を超えた何かが起こっている」という不気味な気配以上に、ぞっとするような人間の狂気の描写にある。たとえば物語終盤に、「ゲーム」の効力に怯え、リチャードのことをも恐れはじめたジョナサンに対し、リチャードが「きみに手出しするやつはだれだって、このぼくが殺してやるからな」と笑って言い放つシーンがある。何をしでかすか分からない、生きた人間独特の恐ろしさが絶妙である。
 
ひとたび本作を読みはじめれば、こうした多方面の恐怖に圧倒され、一気にラストまで読んでしまうことは間違いない。まさに憑りつかれたような読書体験がしたい方にお勧めの一冊である。(広瀬順弘訳)


 

この記事を書いた人

★はたの・さき=東京大学文学部三年生。昔からの憧れだった「本屋のお姉さん」になるべく書店でアルバイトを始め、今年で三年目を迎える。趣味は読書と洋裁、好きな作家は京極夏彦と長野まゆみ。

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