【中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係/益尾知佐子】評者:木村友祐   ( 東京大学文学部社会学専修課程3年)

米中貿易摩擦、一帯一路、あるいはコロナウイルスなどに関連して、近年中国の対外行動について新聞やニュースで目にする機会が増えてきている。しかし、中国は国際関係のルールから外れた行動を取ったり、突然方針を変えるなど、その動きは理解しがたいことが多い。では、中国の対外行動はなにをもって行われるのか。それを規定するルールがあるとすれば、それはどのようなものだろうか。本書はその答えを、毛沢東から習近平までの中国内の通史的分析に加えて、地方政府、海軍とそれぞれの中央政府との関係についての事例分析を通して明らかにしていく。

 本書が指摘するように、中国の対外行動は中国が国外の動きにどう対応するかという方向から説明されることが一般的であった。しかし、本書は中国の伝統的な家族構造が、実は対外行動の指針の根底を決定づけているという独自の視点を取る。中国の伝統的な家族構造では、一族の家父長が絶対的な権力を握る一方で、その息子達の間には日本のような兄―弟の上下関係がない。そのため、家父長一人の機嫌に合わせることが息子間で競争に勝つ鍵となっている。他方で家父長側も息子達の不満を発散させる必要がある。そして、中国共産党を含めた中国の多くの組織は、こうした伝統的家族構造と同じ構造を持つ。すなわち、人々は中国の組織では絶対的なリーダーである国家主席の動向に合わせて行動する。国家主席も部下を時に強く支配し、時に支配を緩め、中国共産党という組織を維持しようとする。つまり従来は、「外」の動きが中国の対外行動を決定づけると考えてきたのに対して、本書では「中国共産党を維持する」という中国「内」の独自の論理が中国の対外行動を決定すると説明がなされている。本書によれば中国にとっての対外行動は、あくまでも国内を上手く制御する道具に過ぎない。

 私がこの本を手に取ったのは、米中貿易摩擦に興味を持っていたからであった。公正な貿易を求める欧米諸国に対し、中国は世界貿易機構のルールから外れているにも関わらず、自分達は正しく貿易をしていると主張することがある。このズレはなぜ生じるのか、疑問に思っていた。しかし、本書の説明に従うとこのズレは当然に見える。そもそも中国側は「中国共産党をいかに維持するか」をゲームのルールに据えているのであって、国際関係のルールは二の次なのである。しかもその根本に伝統的家族構造が潜在しているというのは驚きだった。

 本書は構成としても、既存研究のまとめから始まり、核となる理論を提示したのちに事例分析を行っているため見通しよく読める。また、事例も豊富なために中国にそれほど詳しくなくても読み進められる。唯一残念だった点は中国の「外」の動きへの対応が、「それ(=中国国内で生き残る際の脅威)に比べると、中国をとりまく外来の脅威は、まったく差し迫っていない」と第1章で分析の枠外から予め外されてしまっていることである。しかし、例えば毛沢東は中国共産党の維持とソ連との協調に板挟みになっていたように、対外の脅威を全く無視して議論は進められないはずで、本来は分析の枠内で「内」と「外」の脅威が比較されるべきである。

 その点を含めても、本書は、中国国内の論理という新たな視点は従来の分析の「死角」を補ってくれている点で非常に有益な一冊だと感じている。

この記事を書いた人

★きむら・ゆうすけ=東京大学文学部社会学専修課程3年。読書はもちろん、他にもJAZZを聞くのが趣味。特にBill Evansというジャズピアニストが好きで、中学生からずっと聞き続けている。

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