【きりこについて/西加奈子】評者:小室香菜(津田塾大学学芸学部英語英文学科2年)

 これまで何度も西加奈子さんの物語に、言葉に救われてきた。西さんの小説を読む度に、視界がクリアになり、脱皮したような感覚になる。『きりこについて』は読後も日常のふとした瞬間で、その中にある鮮やかなシーンを思い出してしまうような物語である。そして、いつまでも読者、とりわけ女性を支え続けてくれる存在でもある。

「きりこは、ぶすである。」の一文で、この物語は始まる。あまりに衝撃的だ。そして、どのようにきりこが「ぶす」であるのかが、こと細かく描写される。しかしきりこは、大好きなマァマとパァパに、「可愛い可愛い」と大切に育てられたため、小学校高学年の時に失恋を経験するまで、世間が決定した「美」の基準から大きくかけ離れていることを知らない。

 小学5年生、高鬼、白つめ草の冠作り…。あらゆる遊びで、リーダーシップを発揮していたきりこに悲劇が起こる。初恋の相手である、こうた君に彼女はラブレターを書く。しかし、その手紙はこうた君の手に渡る前に、教室の黒板に貼られ、周りの男子に茶化される。そして、教室に入ってきたこうた君はこう言うのだ。「やめてくれや、あんなぶす。」と。そして、これまできりこの言うことを聞いてきた女の子たちは、きりこが「ぶすの癖に威張っていた」ことに気づき、彼女から離れていく。

 こうた君の言葉に落ち込んだきりこであったが、自分のどこが「ぶす」なのかがわからない。そのため、彼女は鏡を見続けるようになる。そして拒食と過食を経験し、毎日のほとんどの時間を眠るようになり、学校に通えなくなる。

 長時間眠っている間に、きりこはある夢を見る。同じ団地に住んでいるちせちゃんが、股から血を流し、怒りに震えながら泣いている夢だ。きりこはその夢をきっかけとして、久しぶりに外に出るようになる。

 ちせちゃんは、自分の好きな露出の高い服を身につけ、自分が望むように性行をする。そのため被害者なのに、周囲の人間はちせちゃんの声に耳を傾けない。

 きりこはちせちゃんと対話し、彼女を真っ直ぐに見つめることで気付く。「自分のしたいことを、叶えてあげるんは、自分しかおらん」と。「ぶす」であると周囲の人に揶揄されたことで、自分の好きなフリフリの服を着られなくなったきりこは、「ぶす」って一体なんだ? 美しさとは誰が決めたものなのか? と思考し始める。そしてきりこは、「容れ物」(外見)も中身も自分自身であり、経験した自身の人生全てが自分なのだと確信するのだ。

 きりこは目の前の世界がどんなに過酷であっても、他者と関わり合うことで、現実に向き合い続ける強さを持っている。そしてその強さは、他者の「痛み」を自分ごとのように感じ、相手に真摯に寄り添うことの出来るしなやかさをともなったものである。

 自分自身を愛せなくなった時、容姿に自信が持てない時、他人の言葉に傷ついた時。この小説は、あなたを見つめ、あなたはあなただ、と真っ直ぐに偽りなく語ってくれる。私は、そんな眼差しを持った西加奈子さんという作家が大好きだ。

この記事を書いた人

小室香菜 / 津田塾大学学芸学部英語英文学科2年

★こむろ・かな=津田塾大学学芸学部英語英文学科2年。大の小説好き。大学に入ってから衝撃を受けた作品は、シェイクスピア『ロミオとジュリエット』と江戸川乱歩『孤島の鬼』。

週刊読書人2022年3月11日号掲載(データ版購入可能)

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