【異常論文/樋口恭介】評者:中村愛花(大阪国際大学人間科学部2年)

 本書の発売当時、Twitterのタイムラインがにぎわっていた。特殊な趣向と25人の豪華な参加作家にワクワクしていた。しかし、内容が難しそう! 発売から約9か月、ようやく読書に取り掛かった……。

 〈異常論文〉は「一言で言えば、虚構と現実を混交することで、虚構を現実化させ、現実を虚構化させる、絶えざる思弁の運動体だと定義される」と巻頭言にあるように、論文と名乗りながらも、小説的な作品も含んでいる。

 草野原々の「世界の真理を表す五枚のスライドとその解説、および注釈」は「『空洞地球=多重凍結世界』仮説」と書かれた奇妙なスライドから始まる。読み進めると、荒唐無稽だと思っていたスライドが実は至極真っ当なものであり、異常なのはこの論文を書いた語り手のいる世界である、ということが徐々に明らかになっていく。

 飛浩隆の「第一四五九五期〈異常SF創作講座〉最終課題講評」の舞台は、未知の生物〈緑輝鉱虫〉の突然の大量発生によって人間が時空と物質を意のままに創り、あやつり、消去さえできる、神にも等しい万能性と不死性を得た世界だ。そこでは「文芸」の定義が根本から変容している。応募作品の「形態」も、ハンカチ、共食いする魚が泳ぐ水槽、オペラ劇場などさまざまである。そんなSF作品を紹介、講評する本作では、圧巻の筆致と読みごたえのあるアイデアに圧倒される。文章が異常なのか、読者である我々のほうが異常なのか、そもそも世界が異常でないと言い切れるのか、と問いかけることで無限のメタ次元が連想され、読み終わると現実に複数のフィルターがかかったように見えてくる。

 そんな難解だけれど引き込まれる論文の中でも、真っ先に気になった作品を紹介したい。小川哲の「SF作家の倒し方」だ。まじめな文章で非常にふざけている。
 小川さんによるとSF作家には2種類いる。SFの力を使って世界を良くするSF作家と、SFの力を使って日本を裏から支配する裏SF作家である。SF作家たちは、デビューすると飯田橋のホテルにてどちらになるか選択を迫られるそうだ。そして小川さんはもちろんSF作家――光の戦士を希望した。小川さんは同志たちとともに、来たる最終決戦に備えるため、敵である裏SF作家の倒し方を共有する目的でこの文章を書いたのだ。

 本作でははじめに、裏SF作家に効果がある汎用性の高い倒し方を、次に具体的な裏SF作家の名前を挙げて、細かな対策を解説する。汎用性の高い倒し方は、たとえばニセ科学を吹聴することだ。SF作家には科学へのリスペクトがあるため、根拠のないニセ科学を囁くことで精神的に疲労させる作戦だ。文章の技巧で戦うなどではなく、精神的、物理的、間接的な攻撃なんでもあり。勝つためには手段を選ばないようだ。

 具体的に倒し方が書かれている裏SF作家は柴田勝家、樋口恭介、高山羽根子、宮内悠介、飛浩隆の5人だ。一人一人について弱点が書かれており、小川さん自身が彼らに対峙したときのエピソードには、おなかが痛くなるまで大笑いした。相手についてよく知っていなければこんなふうに書けないだろう。彼らに対する小川さんの愛を感じる作品である。特に飛浩隆さんの倒し方には、敬愛が滲みでていた。

 「SF作家の倒し方」はSFを嫌いになりかけていた気持ちをほぐしてくれた作品だ。大学受験が本格化した頃から、賢くならねばという焦りで難しいSF小説ばかり読んでいた。少し無理をしていた。そんな中で小川さんは、私が恐れ多いと感じていたSF作家をいじり、そのコミカルな様子に肩の力が抜けたのだ。

 本書にはライトな作品から読みごたえのあるものまで、さまざま収録されている。「異常論文」とはなにか?に対する各作家のアンサーを確かめてみてほしい。

この記事を書いた人

★なかむら・あいか=大阪国際大学人間科学部2年。

最近のイチオシ本は「妖怪アパートの幽雅な日常」です。

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