【十三世紀のハローワーク/グレゴリウス山田】評者:塚本愛(神戸松蔭女子学院大学文学部日本語日本文化学科3年)

 私は中世ヨーロッパが好きだ。より詳しく述べるとするならば中世ヨーロッパを舞台とした小説や漫画、ゲームを好んでおり、書店などで中世ヨーロッパを舞台としている作品を見かけるとついつい手に取ってしまう。そして読了後や攻略後は、もし私が中世ヨーロッパで生活するならば、どのような暮らしをするだろうと想像力を働かせ、心躍らせるまでが一連の流れである。

 そんな中世ヨーロッパ好きの私の心を盗んだのが本書である。『13歳のハローワーク』を意識したタイトル通り、十三世紀に実在していた職業が事細かに記載されている。一つの職業につき、見開き一ページで紹介され、左側は人物絵と「解説」、「属性」や、レーダーチャートで「能力」が図式化され、一目でその職業を摑めるようになっている。見れば、RPGをプレイしたことのある人は、にやりとしてしまうだろう。ドラクエやFFなどの王道ファンタジーで登場する職業が多く登場し、解説内では、2004年にTYPE-MOONから発売された伝奇活劇ビジュアルノベル『Fate/stay night』に登場する英霊エミヤが詠唱する魔術の一部「血潮は鉄で心は硝子。その体は、きっと剣でできていた。」のパロディ、「血潮はビールで、心はパン。その体は、きっと麦でできていた。」という粉ひきに関する解説が印象的である。この魔術詠唱は特徴的であるため、Fateシリーズのファンであればすぐにピンとくるだろう。また特定の作品名が登場していたり、分かる人には分かる仕様となっているのがうれしいのだ。

 そして右のページにその職業の、さらに詳しい説明が絵付きで記載されている。取り上げる職業数は、なんと一〇〇を超えている。
 右ページにおける最もお気に入りの説明は、写本師である。当時の写本についての詳しい背景や、写本師としての仕事が書かれている。写本師は好き勝手に挿絵を挟む権利を持っていたようで、しかも本文とは全く関係のない、騎士の首をはねるウサギや何の脈略もなく挟まれる人面鶏など、カオスな挿絵ばかりであるという。その説明を読んだ時は思わず、くすりと笑ってしまった。そのような権限を持っていたことが意外であったし、そんなカオスな写本が現代に残されているという点でも面白いからだ。

 本書を読み終わった後、圧倒的な熱量にしばらく呆然としてしまった。それほどまでに、この本には中世ヨーロッパやその頃に実在していた職業に対する愛情がこもっていたのだ。文章も絵も一人で仕上げるとなると、途方も無い労力と時間、気力が必要である。最後に記載されている膨大な参考文献からも、その一端を垣間見ることができる。

 しかし文面やあとがきからは、著者が非常に楽しみながら原稿に取り組んでいた様子が見て取れる。元々、本書は同人誌として自費出版されたものを、商業誌として読みやすく加筆修正したものであり、元を辿れば中世ヨーロッパの虜になった人物が、自費出版してでも作り上げたかった作品と言い換えることができる。私も趣味で同人誌を書いているため、その楽しさは十二分に理解している。でも同時に辛さもあり、自分との戦いであることも知っているからこそ、本書を読了した後、放心状態となってしまった。

 RPGが好きな方や中世ヨーロッパに心惹かれる方は、是非とも作者の熱量を、実際に読んで感じてほしい。

この記事を書いた人

★つかもと・あい=神戸松蔭女子学院大学文学部日本語日本文化学科3年。

3年になってから、より本格的に日本文学のことを学ぶことができて、ゼミがとても充実している。就活の足音が聞こえていることに怯えながら、今日も元気に現実逃避。

週刊読書人2022年10月28日号(データ版購入可能)

コメントを残す