2021年10月23日@上智大学
一〇月二三日、上智大学にて「読書人カレッジ」が開催された。講師は作家の温又柔氏が務めた。
「今日の鍵となる本は、管啓次郎さんの『本は読めないものだから心配するな』です。ちょうど今年、文庫本になりました。不思議なタイトルだと思う方もいるかもしれませんが、読書について考えるうえこのフレーズはとても大切です。
最初から飛ばさずにちゃんと読まなければと、肩ひじをはってしまって、逆にページが進まなくなっていく。もしくは、次々と本を読破してゆく人と比べて、たった一冊の本も読み終えられない自分は、本好きを名乗れないのではないかと不安になる。こんな経験がある人も、いるのではないでしょうか。それに対し、管さんはこう答えます。「本は読めないものである」。本書は、そもそも「読む」行為を根本的なところから考えていくんです。
本は言葉の栄養補給源だと、私は考えています。だから、他人と読んだ冊数を競う必要はない。それよりも、自分を励まし、勇気づけてくれる言葉とどれくらい出会えるかが重要です。一〇〇回読める本と出会うことは、違う本を一〇〇冊読むことと同じくらい価値がある。たった一冊でもいい、自分と向き合うことができる本と巡り合えたら、とても幸運です」。
自分にとって大切な本と出会うためには、書店や図書館に足を運びながら「読書のアンテナ」を打ち立てることが大切だと温さんは続けた。その後、自身のアンテナがどのように形成されていったのか、著書の執筆にあたって影響を受けた本を紹介しながら、以下のように述べた。
「私は台湾で生まれ、三歳のときに日本にやって来ました。それから、ずっと日本に住んでいます。でも、私の名前を初めて聞いた日本人には、今でも「日本語が上手いですね」と言われます。反対に、上海に留学していたときは「中国語を話せないんだね」と言われました。
日本語も中国語も、私にとっては母語ではない。
私が安心して使える言語はどこにあるのか。悩んでいた時期に偶然出会ったのが、李良枝『由煕 ナビ・タリョン』という作品でした。在日韓国人二世で日本生まれ、日本国籍の由煕という少女が、両親の母国に韓国語を勉強しに行く物語です。韓国ルーツだけれど韓国語ができないこと、日本人だと自分では思っていても、日本人とは見なされないこと。苦悩する彼女が、私と重なって見えました。言葉と世界のズレを感じているのは、この世で私だけではなかった。驚きとともに、どこか救われた気持になりました。
それから、私も李良枝にとっての『由煕』のような作品を書きたいと思うようになりました。当時はまだ、どんな内容を書きたいかはっきりと決めてはいませんでしたが、台湾人の母と、日本育ちの子どもである自分との関係は書きたいと思っていた。だから私の読書のアンテナは、自然とそういった主題を扱っている本に向いていったのでしょう。
リサ・ゴウ/鄭暎惠『私という旅 ジェンダーとレイシズムを越えて』と出会ったのは、この頃でした。在日フィリピン人女性と在日朝鮮人女性である二人が、日本において女性かつ外国人であるのはどういうことか、徹底的に議論しています。この本と『由煕』に影響されて書いたのが、私のデビュー作「好去好来歌」です。台湾生まれ日本育ちの少女が感じる社会からの抑圧や、台湾出身の母親との軋轢の中、日本人化していった背景を描いた作品です」。
「考えてみれば、この頃には自分の読書のアンテナができあがりつつありました。国籍や言語、社会や家族との関係などへの関心と、作家として書き続けたいという想いが合致した結果、トリン・T・ミンハ『女性・ネイティブ・他者』(竹村和子訳)やサンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』(くぼたのぞみ訳)など、今でも特に大切にしている本と出会うことができました。それらの本から影響を受けた私は、社会でデフォルトと思われていない人が、普通に存在していいと思える状況とはどんなものか考えるようになったんですね。そして、それを小説で表現したいと思い、二作目『来福の家』を書きました。たくさんの本に勇気づけられて、私は今でも作家として本を書き続けています」。
最後に、学生に対して次のメッセージを述べ、温さんは講演を締めくくった。
「本の読み方・出会い方は、多種多様です。自分にとってかけがえのない一冊は、他の人は見向きもしない本かもしれない。今人気の本ではなく、図書館の片隅で色あせてしまっている、誰にも借りられない本が、自分の愛読書なのかもしれない。大切な本と出会う機会を逃さないためにも、できれば学生の間に、読書のアンテナを打ち立ててもらえればと思います」。